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オリンピックあれこれ

女子フィギアが終わって

フィギアはキムヨナが金メダルだった。
真央ちゃんは銀、カナダのロシェットが銅メダル。
安藤美姫ちゃんはメダル圏外。

しかし、オリンピックを目標にして生きるという事はどういう事だろう。ほんの数分の演技の為に4年間を掛ける。

勝負の世界は非情だ。必ず勝者と敗者が生まれる。
有名にはなるかもしれない。しかしそれは又、自分を世間にさらけ出す。世間から出る話は勝手なものだ。
有名になる事と幸せになるのは別の事だ。

安藤美姫ちゃんは、ネットの書き込みを見てかなり傷ついたという。匿名の書き込みがとりあえず可能なネットはそれこそ何でも言い放題だ。自分がどうであれ相手を中傷する、又、相手を攻撃する道具にもなり得る。

余程強い精神力を持っていないと気にしないで生きる事も難しいだろう。それこそ明石家さんまのように、あらこんな事かかれてももうた、と笑い飛ばす位の度量と技術が必要だと言っても普通の人は無理だ。

一つ言うと、人は自分が思っている程全く気にしてないという事がある。人の言葉をあまり真に受けない方が良い。
下手をすると鬱になる。自分を責めすぎるのは良くない。
日本人の問題として、人を気にしすぎる事がある。
自分を自分として捕らえるのでは無く、人が自分をどう思うかを気にしてしまう。それを子供の頃から洗脳されている。
『○○ちゃん、そんな事してると皆に笑われちゃいますよ』
とか注意される。日本人の鬱が多いのはそんなところにあるのではないだろうか。

自己表現ははしたないと言われる。国母選手も同じだ。
服の着方がはしたないとバッシングされる。
そして皆、均一を求められる国。 日本。
しかし、メダルは期待する。なんじゃそりゃ。

もっと自分を大事にしたほうが良いんじゃないの?
最近、そう思う。小さな事を気にしてもしなくてもいずれ死ぬ。
だったら気にしない方がいいじゃないか!

そもそも全ての人間に合う人間なんかいない。
好きな奴も居れば嫌いな奴も居る。無責任にバッシングする奴は自分が何も出来ない事を棚に上げ吠えているだけだ。

オリンピックで金メダルを取った人の人生がどうなるのかは分からない。運動の分野で生きていけるのか。メダルを取れなかった人々の人生はどうなるのだろう。オリンピックの為に重要な人生の大半の人生を費やし、成果を上げられなかった人々はどのように生きていけるのだろう。オリンピックの競技がうまくても社会で生きていくのに役立つのだろうか。

オリンピックは何のためにあるのだろう。キムヨナの経済効果は数千億円になるらしい。

オリンピックとは結局、国家プロパガンダの象徴なのでは無いだろうか。

キムヨナの見事な演技と、真央ちゃんの挑戦的な演技、
今回はコーチ戦略も含めた結果だったと言えるが、泣きじゃくる真央ちゃんは余程プレッシャーが強かったのだろう。

人の価値とは一体なんなんだろう。
国家とは一体…。

何か、今回のオリンピックを見て空しさを覚えた。

2010年02月26日 登録

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