今、レイトショーで、続3丁目の夕日を見てきた。
時代設定が、昭和34年というと、私はまだ3才だ。
この映画はまさに団塊の世代の心を狙った映画と言える。
と、下手な分析は止めよう。
この映画は前作以上の出来だと思う。
人間に焦点を当てたこの映画は、人と人のつながりこそが、
まさに、人生であることを表現しているし、役者の皆さんの思い入れが伝わる感じもする。
(展開が読める等の辛口の意見もあるが、あまり斜めに見ずに率直な心で見た方が良いと思う。レトロな雰囲気を新しい技術で作った映画としても面白い。)
あまり邦画は見ないのだが、この監督は良い。
ストーリーは言わないが、のっけの5分。予期しない始まり方をしたのは笑った。50代以上の世代の心を捕らえる演出は素晴らしい。
私は、東京の白金(昔は白金今里町)で、9才まで育った。
(映画のロケーションと割と近い)
今言うと、何やらセレブっぽいイメージを持つ人も居るかもしれないが、当時は、まさに三丁目の世界、金持ちもいたが、長屋に住んでいる人々も結構居た。そもそも、子供に取って金持ちであるなしはあまり関係のない世界と言える。
(白金後はまさに都落ちの歴史と言える 笑)
目黒駅から都電は走っていたし、目黒駅そばにあった白金幼稚園には、一人で、バスガイドがいるバスに乗り通った。
JRは国鉄で、駅の線路内部は たばこ の吸い殻で、下の敷石が見えない程だった。
あの映画のロケーションだと、実は夜中に国鉄の列車の音がするとより現実感が増したかもしれない。
夜中、朝方に、列車を連結するときの、ガチャンガチャンガチャンガチャンという音や、ボーという警笛の音が遠くの方からしていた。
今は電車の走行音は、ガタンガタンガタンというような音もしなくなったが…。(レールの連結部の音)
後に東京府中市に引っ越した。
そのときは、横田基地の飛行機のアイドリング音が遠くから聞こえたものだ。
小学校は白金小学校。
当時から校庭はアスファルトと木を敷き詰めた校庭で、夏になるとその木をどけプールにした。
結婚式場の八芳園に忍び込み、池の亀を捕った。
(後日、昔の部下の結婚式で行った八芳園は、当時のままで驚いた。)
家の前の通りで、月光仮面のロケをやっていたり、隣の隣に、野球の長島が訪れてきたのを発見し、サインを貰いに行ったりした。
高輪から東京方面の国道一号線が三丁目の世界の主であり、
まさに東京タワーと、富士山は、多分東京育ち、50代の人々の心のシンボルと言えるだろう。
当時は、なんと 空からスーパーの安売りのチラシをセスナ機からばらまいていたりしたのだ!
太陽の光にあたるそのビラは、キラキラを異常な綺麗さをしていた。そのビラを追い、じきに、そのビラが空から降って来る。
そんな時代であった。
今の代々木公園がワシントンハイツというアメリカ人の居住区で、私の叔母がアメリカ人と結婚していた関係でたびたび遊びに行った。
パスが無いと入れないのだが、内部の世界は完全なアメリカ。
芝生を敷き詰め、広大な土地に、居住区が点在しているような空間。今の代々木公園全域が実はアメリカだった。
恵比寿は完全なビール工場の町。
今の面影は全くない。
映画、モスラは渋谷の今の東急のあるビルの前身が東横ストアという駅ビルだったのだが、それを壊す。
まさにその駅ビルの前を通って映画モスラを渋谷で見た私は、映画を見終わった後、東横ストアが無くなっているのではとドキドキし、壊れていなかった東横ストアを見て、やはりあれは偽物だったのだと安堵した。
そんな円谷プロも、株を売却した。
この映画は良い映画である。時間があれば是非、ご覧になることをお薦めする。
それを踏まえ思った事。
昔は夢が有った。
少年マガジン、サンデーの創刊は多分、昭和35,6年頃だったと思う。
当時の21世紀は、本当に未来が来るというイメージだった。
日本のロボット産業は有る意味、手塚治虫が創ったと言える。
それは夢を子供に語る大人が沢山居たからだ。
子供だった今の50代以上の世代は、そういった大人の夢の恩恵を受け育ち、実践した。
だから日本はロボット産業が世界一なのだ。
しかし、今を見ると、果たして大人は子供に夢を与えているだろうか?
夢のような21世紀の現実の実態は…。アフガニスタンに未来は来ているのだろうか?いまだに戦争をし、技術の一部は確かに未来化しているが、昔のイメージの未来はまだ来ていない。
良い映画を見たと思ったと同時に、昔を懐かしむだけではなく、未来に向かい、夢を持った生き方をする事を心がけたいと思ったのは私だけでは無い筈だ。
2007年11月06日 登録