加藤和彦が亡くなった
多分、加藤和彦が居なければ今の自分はなかった。
初めて買ったレコードは小学校6年の時の『帰って来たヨッパライ』。アコースティックギターが大変うまくその影響を受けた。
音楽が好きになり始めたのは、それがきっかけだからだから古い話だ。
小学校5年生頃からゲルマラジオを作ったり、当時の秋葉原少年のハシリだった。小学校6年の時に買った真空管のワイヤレスマイクのキットを作り何キロ位電波が飛ぶかなど、今思うと何かが私を夢中にさせた。
実は、その幼児体験や子供の時の自分が自分の本質である事を年を取ってから気づく。
深夜放送やラジオ番組はいわゆるパーソナリティー(当時のDJ)と共に音楽もあった。
私の初めて買ったレコードと共に兄が買ったのは、ママスアンドパパスのカリフォルニアドリーミングで、それを電蓄のプレーヤーで聞いた時の感覚をまだ覚えている。
その後、兄が質屋で2000円で買ったギターは兄が弾くことは無く、私が弾き始めた。
中一の時、新聞配達をやりギターを買った。
コードを覚え、歌を歌い、フォーククルセイダース、PPMやら岡林信康なんかにかぶれた。
その後、同じ中学の有る友人の家に遊びに行き、レッドツェッペリンの2枚目を聞かされ、ロックの洗礼を受け、ロック好きはそこから始まった。
その後はイエスにかぶれ、初期のクイーンとか割と幅広くでは無く、好きなバンドにのめり込んでいった。
実はその友人はルージュというバンドのメンバーで、
加藤和彦のプロデュースでレコードを出した。
ある時、レコーディングに行くけど一緒に行く?
と言われ、一回だけ見に行った事がある。
そのときにいわゆるミュージシャンとしての加藤和彦ではなく、
プロデューサーとしての加藤和彦を見た。
日本のロックシーンにはかなり影響を与え、貢献した方だと思うが、うつ病はあらゆる階層に対し影響を与えている事の方がなにやら不気味だ。
しかも自分で鬱だと自覚している人が何故?と思う。
人間は自分の為に生きるにはあまりに弱い動物なのかもしれない。子供や妻や、誰かの為に生きる事で人は自分を支えられる気がしてならない。
自分
という人間
意識はどこから来るのか?
最近、根源的な事を考える機会が増えている。
何故、自覚しているのか?
私たちの存在は一体なんの意味があるのか?
自分という者は一体なんなのか?
宇宙の存在と自分という存在
時間とは?
生命の連続性
諸行無常
結局、そこに行き着く
しかし、それでは人間は生きられないのではなかろうか。
だから様々な意味を作り出す。
私たちの生き方はどんどん多様性を増している。
昔は無かった職種が増え、サービスが増えている。
食料を得る事が仕事の原点だった時代から、時代はどんどん変化している。
そんな中で生きる意味を見いだす事も難しくなっているのかもしれない。
生きる意味を私たちは問われているのかもいしれない。
忌野清志郎に続き、ご冥福をお祈りします。
Youtube
追憶 加藤和彦とフォークル(前編)
http://www.youtube.com/watch?v=nRIVrcRCFVc
追憶 加藤和彦とフォークル(後編)
http://www.youtube.com/watch?v=4F2Mz2lTaGg
『何のために』は中学の合唱コンクールの自由曲にしようとしたが
音楽の先生から理由も無くストップが掛かった。
何故?と聞くと、とにかく駄目だと。
学校への不振はそういうところからもあった。
2009年10月18日 登録