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広島を追悼する

私たちは、ある時、加害者となる。又、私たちはある時、被害者となる。それは全ての人。全ての国に言えるだろう。

戦争は人間が集団になった時の特性を表していると言える。

私は広島に行ったことは無い。
ただ、50を超えた今、いつか行かねばならないと思う。
それは私たちの先祖の頭上に落ちていてもおかしくなかった。

人の上に放たれた最悪の兵器。

アメリカを非難するのも簡単である。

私の妻のお父さん、お母さんはフィリピン人だ。
彼らは、日本がフィリピンに居たときを覚えている。
日本人はフィリピンでは加害者になっている。

私が想像していたのと違った事。
それは、マッカーサーがフィリピンに戻ってから、
始まったらしい。

妻の母は、水田を作っていたのを、日本の命令により、
綿花栽培に変えたらしい。

日本が統治していたときは、豊かになったと言っている。
しかし、マッカーサーがフィリピンに戻り、日本軍の補給路を断たれたとき、そのときから日本の問題は始まったらしい。

結局、アメリカは後方支援を断ち、フィリピン内の日本軍を孤立化させていった。
孤立化した日本人が、現地人の食料を奪う、レイプをする等の行動に出たらしい。

妻の親は、日本の上層部が悪いという。
しかし、それはかなり、私に対し、やわらかく言っているにすぎないだろう。もっと大きな憎しみを当時、持っていたと容易に推察出来る。

日本の内閣、軍部、全てが国民を引っ張りすぎ、降伏をするのが遅れた事も大きな問題だった筈だ。
アメリカを擁護するつもりもない。ただ、日本を擁護するつもりもない。

犠牲になったのは、国民達である。

全ての人類の愛する人の上で、原爆が落とされたら…。

それを引きずり生きねばならない人々。

戦後63年経っても、いまだ、人類は希望を持てないのではないだろうか。

悲しい事である。

2008年08月06日 登録

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